【東京オリンピック】通訳業を無償で承ってはいけない理由

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東京五輪・パラリンピックは多勢のボランティアスタッフによって支えられるようです。しかし、そのスタッフたちに求める要件と課す業務内容が、ボランティア業務と呼ぶにはふさわしくないものであると多くの批判を受けています。

 

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こんにちは、パリノメモの筆者をやっているジュロウです。ツイッターはこちらです(@Parisnomemo_)。

 

東京五輪・パラリンピック組織委員会は、大会開催にあたっての通訳スタッフに、1日8時間・10日間の業務を無償で課すという旨の要件案を明かしました。

 

 

これに対して、「しかるべき報酬を」や「通訳業は無償ではない」という批判も見られます。

 

 

たしかに、東京五輪・パラリンピックは数万人にも及ぶボランティアスタッフに支えられているという事実もあるでしょうし、その規模の数のスタッフに報酬をと考えると経費の問題でいろいろと難しい一面もあるでしょう。

しかしながら、これだけ大々的に、しかも国に関わる組織が「通訳業」を「無償」でと打って出る事実は、通訳を本業としている人々に多大な迷惑をかけていることを自覚しなければなりません。

というのも、こういった無償ボランティアの募集の積み重ねが、実際に通訳者を必要とする企業や団体に、通訳者は無料で雇用できるという誤った印象を植え付けてしまうからです。

 

「通訳者は無償で雇える」という世間一般的なイメージの助長にもつながりかねません。

東京新聞における西山教授による批判記事でも述べられているとおり、本来「通訳」とは、長年の地道な勉強と努力によって培うことのできる高度なスキルであると考えます。

外国人の友達を交えた談笑の中での通訳とは訳が違って、仕事における通訳は「専門知識」・「表現による繊細なニュアンスの理解」・「文化的背景の理解」などが求められるからです。

こうやって通訳者を無償労働扱いすることで、本当に実力のあるプロの通訳者を退けてしまうと、高度なレベルに達そうとする通訳者自体減ってしまい、たとえば外交とか、一流企業の商談とか国・社会に影響を与えるレベルの通訳が必要となる際に大きな損害を受けかねません(これはちょっと極端かもしれませんが…)。

だから、そうやって高度な能力を身につけた通訳者の社会的な地位を下げないためにも、無償で通訳者を雇うという行為は避けるべきなのです。

 

 

 

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