
こんにちは、パリノメモの筆者をやっているジュロウです。ツイッターはこちらです(@Parisnomemo_)。
ハーフとして生まれ育った影響で、物心ついた頃にはボクはバイリンガルになっていました。
その後、英語圏にもチラホラ留学したり、いまはフランスの大学院に通っていたりするので、なんだかんだ気がついたら4ヶ国語を扱える人間になっていました。
モロッコでフランス語を習得ーーフランス・パリ第4大学(ソルボンヌ大学)修士… – 今回の留学経験者インタビューは、フランス政府給費留学生… https://t.co/npuwThzrN3
— THE RYUGAKU[ザ・留学] (@THE_RYUGAKU) 2016年9月23日
フランス語と英語はまだまだ発展途上ではありますが、一応4ヶ国語話せるボクがふと振り返って思うのは、外国語を習得したい人はまず日本語を徹底的に習得したほうがいいということです。
どういうことか説明します。
【note記事】ソルボンヌ大学院に通いながらフランスで働いているぼくが自分のフランス語学習歴を赤裸々に語る
この記事の流れ
言語はロジック!

幼児期に自然に覚えるものなので普段はあまり意識しませんが、「言語」とは、じつはロジックが繋ぎ合わさって形成されています。
いきなりそんなことを言われてもわかりづらいと思うので、簡単な例をとってみましょう。次の文を読んでみて下さい。
「ここに赤いリンゴがひとつあります。ボクはリンゴが食べたいです。赤いリンゴはボクにとっておいしそうに写ります。」
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なにを言っているのか分かりづらいですよね。分かるようで分からないような、なんだか詰まった感じがします。これをわかりやすい文章に作り変えてみます。
「ここに赤いリンゴがひとつあります。ボクはこのリンゴが食べたいです。なぜなら赤いリンゴはボクにとっておいしそうに写るからです。」
どうでしょう。すごくスッキリしたし言いたいことがスムーズに頭に入ってきますよね。ボクにとって赤いリンゴは「おいしそうなもの」として写って、ここにあるリンゴは赤いからボクはそれを食べたいわけです。
もうお気づきかもしれませんが、この分かりづらい文章が分かりやすくなったのは、「指示代名詞」と「接続詞」を加えたからです。
ボクたちは日本語のネイティブだから、一つ目のわかりづらい文章の方でもギリギリなにを言いたいのかがわかりますが、言語とは本来こうやって「指示代名詞」や「接続詞」などのツールを用いて、文章と文章を繋ぎ合わさなければ意味が通らないものとなってしまいます。
もちろん、優れた文学作品なんかでは、そういった「指示代名詞」や「接続詞」などのつなぎがなくてもスムーズに頭に入ってきますが、それは作家のプロの技術があるからであって、通常はちゃんとつなぎを意識しないと文章はめちゃくちゃなものになるのです。
そんなこといちいち言われなくてもできてるって思いますよね?それがそうでもないんですよ…。
日本語でも「なにを言ってるのかわからない人」が多い!?

「あれー、あるじゃん、こないだのあそこのあれ」
「昨日ね、久しぶりにユウコと再開したんだー。ユウコすごくキレイになってたんだ。それで一緒に買物に行ったんだけど、途中食べたパンがまずくてさー。新しくできたパン屋なんだけど、雰囲気悪かったなぁ」
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典型的な何言ってるのかわからない日本語です。1つ目の文章は論外で、推測すらできません。2つ目の文章は、とにかく何か言いたいんだってことはわかりますけど、実際に何を言いたいのかはわかりません。
なんでこれらが何言ってるのかわからないのかというと、1つ目は「指し示す内容」が不明瞭であることが原因で、2つ目は文章と文章が繋がっていないからです。
「こないだ一緒に行った遊園地の観覧車」、「こないだ行こうか迷ったレストランのデザート」、こうすれば1つ目の文章はOKです。指し示す内容がはっきりとしていて、何言ってるのかわかります。
「昨日ね、買い物に行くために久しぶりにユウコに会ったんだ。ユウコすごくキレイになってたんだ。ところで、買い物の途中に新しくできたパン屋に寄ったんだけど雰囲気が悪かったなぁ。案の定その店のパンはまずかったよ」
こうすれば2つ目の文章はわりとすっきりします。1つの文章に「ユウコ」と「パン屋」の2つの内容が入っているのが「何が言いたいのかわからない」文章の原因だったのですが、「ところで」を入れたことによって、言いたい内容が2つあるんだという前提を提示することができるからです。
まぁこの文章の場合、そもそも元の文章が、「ユウコ」「キレイ」「買い物」「パン屋」「まずい」と、話題が分散しすぎているので修正に限界がありますが、ひとまず「ところで」で最低限はカバーできています。
別にただの日常会話なんだからそんなロジック立てなくてもいいじゃんと思いますよね。
いや、たしかにいいんです。日常会話では、とにかく思いついたことを好きなように好きなタイミングで話してたほうが楽しいんです。日本語はネイティブだから、ロジック立ってなくても、イントネーションとかその場の雰囲気とかで、ひとまず言ってることの意味はなんとなくわかります。
でも、これが外国語になると話は別です。
ロジックに気を配れば、外国語はけっこう話せるようになる!?

母語ではない外国語では、必然的に表現と語彙の幅に制限がかかります。表現も語彙もネイティブ並みに覚えていて、自由に使いこなせるレベルに達していれば問題はないのですが、その次元に到達するにはちと数年かかります。
表現と語彙が乏しい外国語において、上であげたようなロジックのつながりのない文章を述べると、それこそ本当に意味不明なものになってしまいます。
母語であれば、なんとなくの暗黙の了解で雰囲気を察して相手の言っていることが理解できますが、外国語ではそうはいかないのです。
たとえば先ほどの優子とパン屋の話を、それこそつなぎの接続詞無しでフランス語や英語で話したら、「!?」となってしまいます。「言いたいことはなに?」で終わります。ネイティブならなんとかなるでしょうが、こっちにとっては外国語なんです。繊細なニュアンスを伝えるのは困難です。
優子とパン屋の文章は、日本語だから、日本の文化をわかってるし、キレイになった友人と久しぶりに再開して行ったパン屋のパンがまずいっていうシーンもなんとなく思い浮かべることができるから、ギリギリ理解できたのです。
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「なんだ外国語って難しいじゃん」で話が終わってしまいそうですが、そうではありません。最初に述べたとおり、言語とはロジックが繋ぎ合わさって形成されているものです。それは日本語でも外国語でも変わりません。「ロジック」っていうルールを遵守しさえすれば、乏しいボキャでも外国語はしっかりと「伝わるもの」になるのです。
「There is a red apple. I want to eat that apple. Because a red apple looks very delicious for me.」
このリンゴの文章の例のように、中学生の時点で習う単語や表現だけでも、だいたいのことはロジック立てて説明することができます。変に難しい表現や語彙を使う必要はありません。
「なぜなら(Because)」・「しかし(But)」・「だから(So)」などなど、本当にシンプルなつなぎの言葉を明確に使うだけで、文章は誰にでもわかるクリアなものになるからです。
「ロジック」は、世界共通の言語ルールなのです。
「ロジック」の訓練を受けるのは大学教育。卒論はちゃんと書こう
ところで、日本語の「ロジック」組み立て能力ってどこで習得すればいいんでしょう。
すでに見出しに書いてあるとおり、「ロジック」は大学教育で学べます。というか大学はそれに特化した教育をする場所です。学問とはこの世の事象をロジック立てて説明するものだからです。
男女が恋をする理由とか、人間がお腹が空く理由とか、少子高齢化する理由とか、ありとあらゆる事象を解明するのが「研究」であり、その「研究」を形として残す手段が「論文」、つまり文章と文章の繋ぎ合わせです。
なんでもいいのでなにかしらの論文を1つ読めばわかりますが、数百ページにわたる論文でも、最初の文章から最後の文章まで全てつながっています。意味が途切れていたらそれは論文ではありません。
そういった「ロジック」の特化訓練をする場所が大学なのであり、いわゆる「卒論」では、どこまでロジック立てて文章をつないで物事を説明できるかを評価されるのです。
一度本気で「卒論」の執筆に取り組んでみると、ロジックを組み立てること(文章をつなぎ合わせること)がいかに難しいかがよくわかります。
(ちなみに、それは同時に、普段の会話では本当にロジックを意識していないということも意味しています)
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何気なさすぎて普段は意識できていませんが、日本語の日常会話でもロジックを意識して、意味のとおるように文章をつなぎ合わせる術を一度身につけると、途端に外国語能力も伸びます。
日本語でいいので、とにかくロジックを作る練習をすれば、あとは単語を置き換えるだけで外国語を扱えるようになるのです。
だからまずは、日本語で何を言っているのかわかる人(ロジックを組み立てられる人)になりましょう。そうすれば自然と外国語能力も向上してくるのです。
外国語をしっかりと話せるようになりたければ、まずは日本語を徹底的に鍛え上げるべきなのです。