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【インタビュー】18歳で独立、夢はパリコレでの発表 ― 22歳ファッションデザイナーの野望

2016/11/13

 

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こんにちは、パリノメモの筆者をやっているジュロウです。ツイッターはこちらです(@Parisnomemo_)。

今回は、インタビュー記事です。

インタビューを引き受けてくださったのは18歳でフリーとして独立し、その後20歳でファッションブランド「ESBAT(エスバット)」を立ち上げ原宿に実店舗を持ち、現在は夢であるパリコレでのブランド発表に向けて躍進中の鈴木爽子(すずきさわこ・22歳)さん。

目標であるパリコレを実際に見てみるためにパリに滞在中の鈴木さんと偶然知り合うことができ、このインタビューが実現しました。

自分の野望に向けて一直線で突き進む若き才能のお話をお伝えします。

 

※ インタビュー中の表示名は、鈴木さんのデザイナー名であるRuri(ルリ)を使用しています。

※ 今回のインタビューは急遽行われることになったため、知人の学生寮の一室で照明の悪い中撮影した画像があり、画質はよろしくありませんがその臨場感をお楽しみください。

 

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 18歳で独立 ― 「自分が作った服をみんなに着てほしかった」

パリノメモの筆者(左)とRuriさん(右)

パリノメモの筆者(左)とRuriさん(右)

―― 初めまして。急遽インタビューを引き受けてくださってありがとうございます。まずは自己紹介をお願いします。

鈴木爽子(すずきさわこ)と申します。ファッションデザイナーをやっていて、デザイナー名はRuri(ルリ)で活動をしています。18歳のときからフリーでファッション業界の仕事をこなしていて、20歳の誕生日に「ESBAT(エスバット)」という自分のブランドの実店舗を原宿に開店しました。現在は自分の目標を定めるために、ひとまずお店を閉じてヨーロッパを見て回っています。それで今はパリに2ヶ月いるんです。

 

―― 18歳で独立というのがボクには想像のできない世界なのですが、高校卒業後にすぐにフリーランスになったということですか?

そうですね。もともとブランドの経営がやりたくて、それを学べる環境のある高校に入ったので、高校卒業後はすぐに自分で仕事を始めましたね。縁に恵まれて、高校時代から有名アーティストのスタイリングアシスタントなどの仕事をやらせてもらえていたので、そういった経験を経て、卒業後にすぐに独立をすることができました。

 

―― なるほど。早い時期から自分のブランドで自分の服を作りたいという考えをもっていたからこそ、すぐに独立をされたんですね。

そうですね。ブランドの経営をやりたいって思ったのは中3の15歳のころだったんで、それからはもうひたすらに服飾を学ぶ日々が続きました。独立してからの最初のころは、主にインターネットを通して仕事を受注してましたが、目標である実店舗の開店に向けて着々と準備を進められていたと思います。20歳で実店舗をもつことができたので、いいペースで進んだのだと思います。

 

―― ところで、なぜ中学生のころに自分で服を作りたいと思ったんですか?

音楽家の母親がなぜか服を作ることのできる人で、それに大きく影響を受けました。母親を手伝いながら、小学生のときに自分でバックや小物を作ったりとか、自由研究で帽子を作ったりとかしましたね。それで、中学の部活が終わって自分の進路について考えるころ、自分は何かを作る人になりたいなーと思って、それで子供のころの経験が影響して洋服を作る人を目指したんです。

 

 怒涛の10代、軽うつになってまでも乗り越えた高校と専門のダブルスクール

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Ruriさん

―― ところで、高校に通いながら専門とダブルスクールをされていたんですか?

はい。中学3年生のときにファッションデザイナーになって自分のブランドを持ちたいと思っていたのですぐに専門的に学ぼうと思ったんです。親と話してさすがに高校は卒業はしておいたほうがいいとなって、通信制の高校と服飾の専門が併設されている学校に入りました。完全に別々の運営だったので、さすがに高校と専門をダブルスクールしている人は他にはいませんでしたけど…。

 

―― 専門コースの方には、いわゆる専門学生がいるのですか?

そうですね。いわゆる一般的な専門学校が高校に併設されているって感じだったので、専門コースにいる人はみんな普通に高校を卒業して服飾を学びに来た年上の人ばかりでした。

 

―― 年上に囲まれて高校生が1人だけいたらけっこう浮きそうですね…。

浮いていたのかもしれません(笑)ただ、年下だからというよりは、私が専門コースに通っていた理由が周りとはちょっと違っていたからだと思います。周りはみんな服飾を学んで、その後就職をしてとそういうルートを進むのが普通だったので、私のようにすぐに独立しようとする人はあまりいませんでした。なので、他の学生たちは学校の行事やイベントに力を注いで専門学校それ自体に重点を置いてましたけど、私にとっては専門学校はただの手段だったので、バリバリに学校の外でも働いてたりしてたんです。

 

―― すると周りの人達と意見が食い違ったりもしましたか。

しましたね。一回、高校と専門と仕事とで、さすがにキツくてパンクしてしまったんですね。そのとき軽うつと診断されたんですが、とくに周りにいう必要もないかなと思って黙っていたら、さすがに周りから変なやつだと思われてキレられたりもしました。結局病気のことを打ち明けて理解してもらえはしましたが…。軽うつのときは満員電車に乗ることができなかったりもしましたね。

 

 「パリコレが夢だから、一回パリに行こうと思いました」

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Ruriさん

―― 高校を卒業してすぐに独立をしてからは、仕事は順調でしたか。

そうですね、高校卒業後はとにかく自分の実店舗を持つことを目標にしていたのでただガムシャラに働き続けました。基本的にはネットとかでデザイナーの仕事を受注していたんですが、高校時代の流れをくんでファッションショーでのスタイリングなども引き受けてました。

 

―― 10代で独立して仕事をするとなると、周りからどういった反応を受けましたか。

ナメられることが多かったです。だからあまり年齢は言いませんでした。聞かれたら答えるくらいでしたね。ただまぁ、今思うと自分の仕事のツメが甘かったのも確かです。もし今、私が10代の子と仕事をするとなったら、10代のうちは仕事のやり方が甘くても仕方がないのかな〜って思います。もちろんすごい仕事ができる方もいますよ!

 

―― その後、20歳の誕生日に実店舗をオープンされたんですよね。

はい、かなりハードでしたけどなんとか原宿に実店舗を開店することができました。2年間ひたすらバイトして貯めたお金と、残りの半分は親に頭を下げて貸してもらいました。

 

―― 順調でしたか。

それが、売れなくて売れなくて本当に大変でした。最初は知り合いとか関係者が来てくれていたのでよかったんですけど、徐々に徐々に売上が落ちていって、やばい家賃が払えない!ってすごい慌ててました。

それでなんとかもたせるためにブランドの店舗販売以外にもスタイリングの仕事にも復帰したりしました。でも、収入が安定するスタイリングにどんどんフォーカスするようになっちゃって、私がやりたいのはブランド経営のはずなのにこれじゃだめだと思って、一回スタイリングから離れてみてみようと思いました。その勢いで一度日本を出て自分の目標を定めようと思ってパリに来ました。

 

―― それで今パリにいらっしゃるんですね。

はい、悪循環にハマってしまったので一度お店を閉めて、パリコレを含めヨーロッパを見てみようと思ったんです。いま大体パリで2ヶ月を過ごしたので、次はロンドン、イギリス、それで日本に帰って、行けそうだったらニューヨークにも行ってみようと思います。

 

―― 今回実際に見てこられたパリコレでのブランド発表はいつごろになると考えていますか?

パリコレですか…(笑)

前の自分なら「あと3年で!」とか言ってたと思うんですけど、いまは冷静に落ち着いて考えることができるためパリコレがまだまだ先の見えない目標だということがよくわかります。ひとまず今できることは、東京コレクションや、そしてロンドンやニューヨークのコレクションなど、目の前に見えるひとつひとつの課題を着実にこなしていくことだと思っています。そうやって実績と基盤を作って、いつかパリコレに手を届かせます。

 

「 まるで物語から現実に出てきた女の子をイメージして…」

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Ruriさんのブランドの公式HP「ESBAT(エスバット)」より

―― Ruriさんのブランドについてお聞かせください。どういったことをイメージしてデザインされていますか?

コンセプトは一言でいえば「メルヘン」や「魔女っ気」になります。物語の世界から現実に出てきた女の子、そんなようなのをイメージして服を作っています。

 

―― なるほど、今着られてるその服も自分で作られたんですか?

はい。これは人間と魔女のハーフの子がいて、その子が魔界から人間界に留学しにくることになって、人間界の手前にあるお花畑をイメージして作りました。色気がありつつ、ファンタジックな要素を加えることをいつも意識しています。

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―― あ、そのバッグも自分で作られたんですか?

もちろんです。うさぎをコンセプトにしました。バッグを作ったのはじつはこれが初めてだったんですが、意外にもパリコレに行ったときにこのバッグがけっこう人気で、いろんな人からスナップショットを撮ってもらいました。

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Ruriさんが作った、うさぎがコンセプトのバッグ

 

―― すごいですね。そうやっていろんなストーリーを想像して服を作るのってやっぱり大変なんでしょうか。

そうですねー。最初は物語を短編小説におこして、それを服にするっていうことをやってたんですけど、それだとあまりにも時間がかかるので今はもう小説を書いたりはせずにダイレクトに作ってますね。

 

―― 小説を書いてそれを服にするって、すごい面白いやり方ですね。

図書館で働くほど本好きの兄の影響で子供のころから読書をたくさんしてたんです。実家が本当に図書館状態で、本に囲まれた生活をしていたのでこういうやり方になったんだと思います。いつか小説家の方とコラボレーションをして服を作ってみたりしたいですね(笑)

 

―― 小説家とコラボレーション!聞いてるこっちまでワクワクしますね。じつはボクもパリにいる文学系の学生に会う機会がたくさんあって、これブログとかその他メディア使って小説家としてプロデュースしたら楽しいんじゃないかと妄想してるんで、その際はぜひその企画に一枚噛ませてください(笑)

ぜひこちらこそ!パリって本当にいろんな人がいて面白いですよね。ヨーロッパは初めてなんですけど、今回こうやって実際にパリに来てみて、まだまだいろんな世界を見てみたいなと思いました。パリは石畳が本当に歩き辛いのが難点ですけどね…。

 

パリノメモのコメント:今回は18歳にしてファッション業界で独立して20歳で実店舗をもち、その後一度お店は閉じたものの夢であるパリコレに明確な目標を定めるために来仏中のファッションデザイナー・Ruriさんにインタビューをさせていただきました。自分の夢にめがけて一直線に前進する彼女とお話をさせていただくことができて、ボクも大変刺激をいただきました。迷いなく突き進む姿は周りにまでも影響を与えるのだなと改めて思いました。インタビューを受けてくださったRuriさん、本当にありがとうございました。

 

Ruriさんのブランド「ESBAT」のホームページはこちらから

Ruriさんのブランド「ESBAT」のネットショップはこちらから

Ruriさんのブログはこちらから

 

パリノメモ
海外留学、ワーキングホリデー、海外在住者のための海外生活、学校などの情報が集まる情報メディア「THE RYUGAKU(ザ・留学)」に、ソルボンヌ(パリ第4)大学修士課程生としてイン

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