早大生が就活を放棄して味わった3つの感情

2016/09/24

留学から帰ってきて、就活シーズンに入ろうとしていたころ、ボクは就活を放棄しました。そうすることによっていろいろと思うことはありましたが、ボクの感情は、おおまかに分けて3つの段階で変化をたどっていきました。就活を放棄したボクは、いったい何を思ったのでしょう。

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こんにちは、パリノメモの筆者をやっているジュロウです。

 

早稲田大学にかよっていた頃、就職活動をしないと決意したことによって、少なくともマイノリティの選択を自らとったわけですから、いろんなことに考えを巡らす時期がありました。

就活ってやっぱりするべきだったのかなぁ、就職をしないでも生きていけるのかなぁ、やっぱりちゃんと会社に入ったりしないと結婚すらできないのかなぁ…、典型的なモラトリアム人間です。

いまは、就活をするとかしないとかで全く悩みはなく、むしろ就活をせずに渡仏を決意したことに誇りをもっていますが、この状況に至るには、3つのステップを踏む必要がありました。ボクの感情は、どのような手順を踏んで今に至るのでしょう。

 

 

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「おれは就活をしない」 ― 決意の始まり

 

結果として、現在のボクは、大学卒業後に渡仏することを選択しました。けれど、もちろん就活シーズンには、みんなと同じように就活して、大手企業とかに採用されたりして、手厚い手当を受けながら安定した生活もありなのかなと悩んだ時期がありました。そうすれば、将来どうすればいいのかなーといった、モヤモヤとした悩みから開放されると思ったからです。

しかし、ボクの中には、「もう一度フランスに行って、自分の実力を試したい」という感情がたしかにあったので、それを無視することはどうしてもできませんでした。その感情を見てみぬふりしてしまえば、今後一生後悔すると思ったからです。

就活なんかせずにフランスに行くんだと、そんな野望に燃えた感情が、ボクに就活をしないという決意をもたらしました。

 

「正直うらやましい」 ― みじめな決意

 

ところが、そんな尖った感情は長続きするわけではなく、周囲の人々がどんどん就職していくにつれて焦りを感じるようになりました。

大手総合商社に受かっただの、公認会計士になっただの、新聞記者になっただの、アナウンサーになっただの、社会的に上等な身分を与えられていく友人たちを目の当たりにして、何者でもない自分にコンプレックスを感じていくようになったわけです。

終いには、ちょっと就活の話とかがでると、「おれの友達があそこの商社受かっててさぁ」などと、友人の手柄をあたかも自分のものであるかのように話す、まさに虎の威を借る狐の状態がやってきたわけです。

そんな自分がいやだなと思いつつも、「キミは会社なんかに縛られずに自由でいいよねぇ」と言われると、「そうでしょう、就活なんかしないほうがいいんだよ」と、本当は自分も大手企業とかに入りたいのに、無理に突っ張っるようになってしまいました。

 

「やるしかない」 ― 迷いのない決意

 

そんなみじめな期間がしばらく続いたのち、就活をしないという自分の決意が断固たるものとなる瞬間が、ある時点でやってきました。

その時点がやってきたのには、2つの理由があります。

第一に、就活もなにも全部終わってしまって、渡仏の日程も近づいてきて、そっちに専念せざるを得なくなったからです。

一時期、自分も素直に就職しようかなぁとゆらいでいた時期があったのはたしかですが、それでもそれなりに自分の渡仏の準備は進めていたので、たとえば語学試験に受かったり、奨学金に採用されたり、着々と進んでいた渡仏の準備が、自分に自信をつけてくれ、迫り来る渡仏の日程に対して、「やってやるぞ」と強く思うようになったわけです。

第二に、これはちょっと重要なのですが、周囲にいる人々が変わったからです。大学にいたころは、みんな就活をして、いいところに受かって…という人ばかりだったのですが、大学卒業後に彼らが働き始めると、彼らとの連絡は物理的にあまりとれなくなっていました。

その代わり、ボクのように、海外への留学を選択した人や、あるいは、就職もせず進学もせず、モラトリアムを意図的に伸ばしている人たちに囲まれるようになったことによって、「なんだ、ボクがやっていることは、とりたてて意味不明なことでもないんだ」と思ったわけです。

つまり、周りの人がみんな就活をしていれば、自分もしたほうがいいのかなぁと思い、周りの人がみんなモラトリアム人間であれば、自分の選択も別に間違ってはいないのだなぁと思うといった具合に、人間とはいかに環境に影響されるかがよくわかります。

まとめると、就活をせずに自分の道をいくと決めたボクの感情は、「就活などしない」という尖った感情から、「みんな社会に認められてていいなぁ」というコンプレックスへ、さらに、最後には、背水の陣に立つと同時に、周りに同じような仲間がたくさんいるということに気づいたことによって、「自分の道を突き進んでやろうではないか」という断固たる決意へと変遷したのです。

幸いにも、ボクは心が折れることなく今の段階に至ることができました。しかし、世の中には、2段階目であるコンプレックスの段階で、心が折れてしまい、殻に閉じこもってしまう人も多いようです。それは、決して本人のせいではなく、ごく自然なことだと思います。だれだって、自分が少数派であれば心寂しくなるものですから

だから、そんなときは、一旦、既存の環境から離れて、自分に似たような仲間を見つけてみるのはどうでしょうか。意外とたくさんいるものです。

今は、インターネット上でも、ブログという媒体を通してそういう仲間をたくさん見つけることができますね。ボクもたくさん力をもらっています。

 

このブログも、見知らぬ誰かの決意を支えてあげることのできる存在になればなと、密かに思っているわけです

就活という、大きな流れに抗うのは、正直つらいですからね。

 

※ もちろん、就活が悪いといっているわけではなく、自分がやりたいことがあるのに、就活にのまれそうな人を応援しているということです。

 

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