【酒好き必読】ビールや日本酒にはない、ワインに秘められた3つの特徴

2016/08/06

大学時代、ワインという不思議な特徴を秘めたお酒に出会い、これはすごいなと思い、本場であるフランスに飛び立ちました。醸造酒でいえば、ワイン以外にも日本酒やビールがおもに挙げられますが、ワインのもつ特徴はそれらと一線を画します。その特徴を3つに分けて説明してみましょう。

ロゴ②

ボクがワインを愛好していることを知った人に、しばしばこう尋ねられます。

 

なんでワインなの?

 

こうした質問に対して、じつはボクはとことん答えつくしたいのですが、残念ながらそもそもこういった質問をする人はワイン自体にあまり興味がないことが多いです。ワインなんか気取った人の飲み物であるという思い込みがしばしばあるからです。

ちゃんと聞いてくれたら、少しでもワインに興味をもってくれるだろうになーと、毎回さみしい思いをしているので、今日はワインの可能性(魅力)を3つに分けて綴ってみます。

 

スポンサーリンク

ワインの原料はぶどうだけ

501955

ワインは、ぶどうだけで作られます。もちろん、醸造技術が進歩してからは、加糖をしたり、酸化防止剤をいれたりするようになりましたが、それらはワインを作るにあたって必ず必要というわけではなく、あくまで、ワイン作りを補助するために添加するものです。

いや、そんなことは知っているといわれそうな気もしますが、はたして本当にこれは周知の事実なのでしょうか。

ぶどうを潰して放置しておけば、もともとぶどうがもっていた酵母が、これまたもともとぶどうのもつ糖に反応し、勝手にアルコール発酵が始まります。酒となるのに必要な「水分」も、ぶどうにそもそも含まれています。

日本酒は原料である米に、ビールは原料である大麦に、「水」というものを新たに加えなければ酒にはなりません。

「加水」という、見方によっては人間の発明ともいえる技術がなければ、米や大麦は酒にならないのに、ぶどうが酒になるのに必要なステップは、突き詰めていってしまえば「放置」だけです。

そういう意味で、ワインは、酒になるべくしてなった酒であるといえ、もうこれだけで、ワインが他の酒とは一線を画しているということがわかります。

 

ぶどうは輸送するのが困難

500307

「放置」こそがワイン作りに必要なもっとも根源的なステップであるということは、ワインがいかに簡単にできてしまう酒であるかを示しています。

それは同時に、ワインができるタイミングを人間側がコントロールできないということも意味しています。

日本酒やビールであれば、原料の糖化作業を行わなかったり、水を加えなかったりと、人間側が意図的に醸造をコントロールすることができますが、ワインは、ぶどうを収穫したのち、そこに置いておくだけで勝手に醸造が始まりかねないのです。

だから、ワインを醸造しているワイナリーは、必ずといっていいほどぶどう畑のすぐそばに建てられます。勝手に変なところで醸造が始まってしまうまえに、近くの醸造所で出来る限り人間の監視下で醸造を行おうというわけです。

じつはこの特性は、ワインに「地方性」という価値を与えています。

いまでこそ、発酵が始まらないようにコントロールしながらぶどうを遠方に輸送することができるようになりましたが、ちょっと前までは事情が違いました。ほんの数十年前までは、ぶどうを輸送して、遠方で醸造をするという行為は極めて困難なものだったのです。

原料であるぶどうが取れるその場所のすぐ近辺でしか醸造をできないため、ワインは、その原料の産地の個性を色濃く与えられます。

ブルゴーニュでとれたぶどうはブルゴーニュワインになるし、ボルドーでとれたワインはボルドーワインになるわけです。ブルゴーニュでとれたぶどうをボルドーで醸造するなんてことをしたら、それは奇行としてしかみられないでしょう。

この構造こそが、ワインに、「その地方でしかできない酒」という特別感を与えているわけです。

 

ぶどうは保存するのが困難

449898

似たような理由で、ワインにさらなる特別感を見出すことができます。

すでに述べたとおり、ぶどうは、放置しておくと勝手に発酵が始まってしまいます。だから、遠方へ輸送して醸造するのは困難であると説明したわけですが、それと同時に、保存して醸造時期をずらすのが難しいということもいえます。

だから、ぶどうは、それを収穫した年にすぐに醸造されるわけであって、翌年に繰り越して醸造するという行為はしません。

2012年にとれたぶどうは2012年のワインになるし、2013年にとれたぶどうは2013年のワインになるわけです。

日本酒やビールと違って、ワインのラベルにデカデカと生産年が記されている理由がよくわかりますね。

こうして、その地方でしか作れないという価値に、新たに、その年にしか作れないという価値がワインに加わるわけです。

・・・

ここまで説明してきたことから、ワインは、ぶどうを潰して放置するだけという非常に原始的なものであるがゆえに、その醸造を人間側が完全にコントロールすることができず、「その地方の」「その年の」という特別な価値を付与されている酒であることがわかります。

本当に大雑把にいってしまうと、日本酒やビールとは異なって、ワインは「(地方・年の違いによる)多様性」という価値を発しているというわけです。

飛躍をおそれずにまとめれば、ワインは、そもそも原料はぶどうだけだし、その土地・その年にしか作れないから、キャベツやニンジンなどの他の農作物と本質的には同じものであると結論付けることができます。

日本酒やビールを、職人が蔵で作る技術的な生産品であるとすると、ワインは、農家が畑で生み出す農作物にしかすぎないのです

日韓ハーフ、パリで起業。

ここまで説明すれば、いかにワインが他の酒とは一線を画す存在であるかをわかっていただけるでしょうか。あまりしつこく言うとヒイキしているだけだと言われてしまいそうですが、ワインは他の酒とはやっぱりなにかちょっと違うのです。それに魅せられて渡仏までしてしまったボクの気持ち、わかっていただけるでしょうか。

スポンサーリンク

記事をシェアする
✓ ピックアップ ✓ おヒマなときに